2018年2月21日

魔都上海|1988 - 1989

2回めの上海、ぼくらは蘇州河河口、外白渡橋のたもとに聳えるブロードウェイマンションでチェック・インを済ませた。
フロントの若い男は英語で、
良いご滞在を、と言った。
ぼくたちは、かつて歴史の舞台となったブロードウェイマンションにいることに、興奮していた。
上海大廈と名を変え、ホテルに改装されたが、部屋のインテリアや調度品は往時の痕跡を留めていた。



上海に魅入られている。

上海という名が気になっていた。だから、上海について記した本を何冊も読んで、いまだ行ったことのない都市の様子を思い描いたこともあった。

初めて上海に行った時、見ること全てに心を奪われてしまった。
魅力に満ちていた。

あらゆる悪徳が当たり前のようにはびこっていた「魔都」 としての残り香があちこちで漂っている。
黄浦江に沿って外灘に立ち並ぶ美しいクラシック建築群の作り出すスカイライン、「東方のパリ」として、栄華の残影がいまも輝きを失っていなかった。
豫園に行けば、そこには<世界最大の中華街>が迷路のようになってぼくたちを迷わせる。
古い街並み、煤けたような色合い、老朽化して壊れている建物。
そこを行き交う人たちの喧騒に呑み込まれてしばらく言葉もなく立ち尽くす。

1988年5月、ぼくと妻・Kは、新婚旅行で中国に行った。

「北京−西安−桂林−上海1週間周遊の旅」というパックツアーだった。
桂林での飛行出発が大幅に遅れて深夜に及び、日付が変わる頃に、ホテルにチェック・インした。
上海での観光は予定の半分が吹っ飛んで「豫園」と外灘(バンド)を慌ただしく回って帰国した。
実質,半日の滞在だった。
にも関わらず、ぼくたちにとって上海は回ってきたどの観光地や史跡よりも魅力的だった。
で、思った。
移動するバスの窓から見える街の様子に心を掴まれた。

「またここに来ることになるだろう」
そう思った。








新婚旅行から半年後、ぼくらは安いフリーツアーに申し込んで上海に行った。

街を歩いて、日本とは違う街の佇まいに圧倒されてしまう。

車道を占めるのは2連のトローリーバスとそれを縫うように走る無数の自転車の群れである。
自転車の群れが川の流れのように見える。
電気を取る架線が時たまバチッと青く光った。
光量が充分でない照明が点いている車内には、人がたくさん乗っている。
トロリーバスは、軋む音をたてながら橋をわたって行く。
これにも魅せられてしまった。
音が割れたスピーカーも付いていて、行き先なのか、周囲に注意を喚起しているのか、絶えず何事かを喚きながら走っていく。
日が落ちた後は、フロントとリアの灯りのみで車内は真っ暗のトローリーが音が割れたスピーカーで音を巻き散らかしながら行き交い、周囲には無灯火の自転車の群れ。
まことに陳腐な表現で申しわけないが、上海は「ブレードランナー」に登場する2029年のロスアンゼルスを連想させる都市だった。



この当時、2連のトローリーバスに代わって公共バスが走り始めた頃だったと思う。
数年後の1993年には、地下鉄の建設が始まった。
目覚ましい勢いで地下鉄網ができあがり、2010年時点で総延伸で東京を抜き去ることなど、知る由もなかった。

上海は行くたびに変貌している。
そのことに驚く。

例えば、かつて旧市街を走っていたトローリーバスも、道を占有していた自転車の群れもない。どこか煤けた街並みも消えてしまった。
天安門事件の前後に訪れて








香港で何をするか?




香港は、上海とともに、ぼくが恋い焦がれる都市だ。

香港には何度も行った。
面倒くさいので正確な記録は残していないけれど、たぶん30回以上行ったと思う。
行って何をするかというと、歩いている。
ぼくは香港の町中をひたすら徘徊するのが大好きだ。

佐敦や旺角、深水埗(シャンスイポー)など、人が溢れた雑多な感じの街なかをうろつくことに無上の快楽を感じる。
屋台やお店や、もろもろ、観察してると飽きない。
たいていの場合、いつも足が棒になるくらい歩き回るので、妻・Kはいい迷惑だ。
Kの口調に怒りが混じったら「許留山」のようなデザート店をすみやかに探して、ひと息。
あなた、歩いてばっかりね。足が痛くなるんだけど。

少し反省して、地下鉄やバスやトラムの乗り方を覚えた。
八達(オクトパス)カードも購入して、どんどん乗ることにした。
オクトパスカードは、地下鉄の窓口に行けばすぐ買えて、駅でもコンビニでもすぐチャージできる。買い物にも使えるので、いちいち小銭を用意しなくてもいいので助かる。

香港は、乗り物の町だ。
バスとトラムは大好きだ。






とくに好きな乗り物はダブルデッカーのバスで、2階から外を眺めるのがとても楽しい。中環から赤柱行きのバスに乗り、2階の最前列の席に座ると、まるでジェットコースターに乗ってるみたいだ。

香港にいると、ぼくたちは歩いているか乗り物に乗っているか食べもの屋を探しているかでかいショッピングセンターのなかで迷っているばかりだ。

迷ったさきに、おいしいものがあると幸せだ。
香港というところには、そういった幸せがある。



あ、香港に行って雲呑麺のお店に行きたくなった。


香港で好きなカレー屋さんができて、そこに行って、スパイシーなカレーにナンをつけて食べるためだけにでかけることもある。